裏切り者とされている明智光秀、実はいい人だった

生涯、奥さんは一人だけでした

明智光秀といえば、本能寺の変で仕えていた織田信長を突如急襲して暗殺した武将として有名です。本能寺の変の時の圧倒的な戦力差などから、卑怯者や悪人としての印象が強いですが、本来はどのような人物だったのでしょうか。
戦国時代の結婚というのは、ほとんどが政略結婚と呼ばれる、お互いの気持ちや意志を無視した、家と家同士の存続や繁栄のためにおこなわれるものがほとんどでしたが、明智光秀の場合は奥さんとは現代と同じような恋愛結婚でした。
そして、戦国武将というのは自分の子孫を一人でも多く残すため、複数の奥さんを持つことがごく当たり前でしたが、明智光秀は生涯熙子という女性、ただ一人だけでした。
夫婦の仲はとても良く、光秀がまだ身分が低かった時代には知人をもてなすお金を工面するため熙子は自分の髪の毛を切ってお金にしたというエピソードもあります。
これを知った光秀は涙を流し、必ず出世して恩に報いる決意をしたと言われています。明智光秀が織田信長に仕えてから豊臣秀吉を超えるスピードで出世したのはこの時の決意も大きな要因と言えるでしょう。

謀反を起こした本当の原因

彼が謀反を起こしたきっかけとなるとされている要因に国替えがあります。本能寺の変の直前、彼は中国地方を攻めるよう要請されていたのですが、その際に信長から現在の領地を取り上げると言われていました。国は新たに敵国を攻めなければ手に入りません、当時の光秀は60歳近くで既に高齢でした。自分の体力や精神力、そして部下のことを考え、謀反を起こさざるを得なかったとも言われています。

インスタグラムに数々の写真を掲載しており、山本英俊さんは多くの閲覧者から注目されています。 最近では、写真のみならず動画も投稿しています。